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Ring Story

naiad ゆびわ言葉®: 清らかな気持ち

2018.03.25

親同士の紹介で出会った翠(みどり)は、小柄で優しそうな女性だった。
仲良くなりたいと思ったものの、女性との交際経験がなく、普段も職場と家の往復しかしていない僕は、初めて会った日、緊張で何も話すことができなかった。

きっと印象は良くなかっただろう。
リードできない男として、嫌われたかもしれない。
それでも、次はせめて会話だけでもしたいと思った僕は、もう一度親に頼み、彼女に会わせてもらうことにした。


2回目は、水族館でデートをすることになった。
僕は緊張しすぎてくしゃくしゃにしてしまった2枚のチケットを受付の人に渡し、水族館の中に入った。
今日こそは彼女に話しかけ、リードしていこう…入るときまでは確かにそう思っていた。
しかし、いざ中に入ると水と魚の美しさに圧倒されて…気づけば僕は、話しかけようと思っていたことすら忘れて、水槽に魅入ってしまっていた。
そのまま、数分。いや、もしかしたら十分くらい経っていたかもしれない。それくらい長い時間が経った後、隣にいた翠がぽつりと言った。

「綺麗ですね」

すっかり彼女のことを忘れてしまっていた僕は、はっとして彼女を見た。
置いてきぼりにしてしまい、怒っていると思った。

しかし彼女は、怒るどころか、とても穏やかな表情で水槽を見つめていた。
水槽の青が反射した彼女の瞳はとても綺麗で、僕は今度は彼女の方に魅入ってしまった。
結局その日、僕たちは水族館に4時間滞在し、デートを終えた。


帰りに翠から連絡先を聞くことができたので、僕たちはその後も何度もデートを重ねた。
デートでは、喫茶店に行っただけの日もあった。
話が盛り上がったわけでもなく、僕たちはただ一緒にコーヒーを飲み、店に流れる音楽を聴いて、まったりと過ごした。
人によってはすぐに飽きるのかもしれない。でも、僕はお店の空気を楽しむのが好きだったから、退屈だとは思わなかった。
そしてそれは、どうやら彼女も同じらしかった。

会社の同僚は違った。
休憩時間に一緒にご飯を食べる程度に仲は良かったけれど、彼は真面目に働き、家に帰り、また仕事に行く…特に趣味らしい趣味もなくそれを繰り返すだけの生活をしていた僕のことを、「つまらない奴だ」と言って笑った。
でも翠は、話を盛り上げることもできない僕に、「無理に話題を作らなくていいし、作る必要なんかない」と言ってくれた。「こうしてまったりできるのが幸せだから」、と。

彼女は、僕は僕のままでいいと、僕のことを認めてくれた。
そして、僕の好きな空気や空間を、僕と同じように楽しんでくれた。
僕はそれが何より嬉しかったし、翠の好きな空気や空間も、僕にとってすごく居心地が良かった。
僕たちはきっと、とてもよく似ていたんだと思う。

気づけば僕たちは一緒に過ごすようになった。
気づけば僕たちは交際していた。
付き合う前の1年間の友人期間も、付き合ってからの6年間の交際期間も、人によっては長く感じるかもしれない。
でも、僕たちは長く感じなかった。
自然に一緒にいるようになって、自然に交際をはじめて、そして自然な流れで、僕たちは結婚することになった。


「あ、あれも可愛いなー。
やっぱりこっちもいいな。これも買ってもらおうかな」

結婚指輪を選ぶとき、翠はそんな冗談を言いながらお店を回った。
納得するものを選びたかったから、なかなかすぐには決まらなかった。

でも、納得するものが見つかってからは、すぐに決まった。

「綺麗」

翠はその指輪を見たとき、唯一冗談を忘れて「綺麗」と呟いた。
それは『naiad』という、流れる水のようなラインが美しい指輪だった。

僕は水の妖精をイメージしたという指輪とそれを見つめる翠を見て、すぐに水族館のときのことを思い出した。
彼女の表情はあのときと全く変わらず穏やかで、その瞳はとても綺麗だった。

男性用の指輪も着け心地もよく、自然につけられるのが僕も気に入ったので、僕たちはすぐにその指輪を購入することにした。


式の準備をはじめる前に一緒に暮らすことにした僕たちは、引っ越しの日、新居に次から次へと届く荷物に、珍しく慌てていた。

「この荷物、翠の?」
「うん、ありがとう。あ、こっちのダンボールは拓哉の」
「わかった。ありがとう」

僕たちは二人で協力し、テキパキと荷物を分ける。

新しい場所、新しい暮らし。
きっとこれから、色々大変なことが起こるのだろう。
もしかしたら、今日みたいな慌ただしい日がずっと続いていくのかもしれない。
…それでも。

それでも僕たちなら、これからもずっと、この清らかな気持ちのままやっていける。
ダンボールから出てきた水族館の写真を見て、僕は改めてそう思う。

naiad ゆびわ言葉 ®: 清らかな気持ち

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