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Ring Story

sweet alyssum ゆびわ言葉 ®: 優美

2018.12.26

智絵(ともえ)の30歳の誕生日であるその日、僕は彼女にプロポーズし、空のリングケースをプレゼントした。

「一緒に、中身を見に行こう。
君が一番好きなものをプレゼントしたい」

すると、彼女は僅かに目を見開き、何も入っていないリングケースの切れ目の部分をじっと見つめた。
まるで、そこに透明な指輪が存在しているかのように。

「…」

それから、少しだけ目を閉じ何かを考える素振りをした後、僕を見てふわりと笑った。

「ありがとう」

ゆっくりと、しかしはっきりそう言ってプロポーズを受け入れてくれた彼女のことを、僕は改めて”美しい”と思った。


予め調べておいたジュエリーショップに智絵を連れて行くと、智絵は「いざ来てみると、どれも綺麗で迷っちゃう」と言った。

「じゃあ、僕が似合うものを探そうか?」

そんな彼女のために、僕は彼女に似合いそうな指輪を探す。

「こんなのはどう?」
「…『sweet alyssum』?」

見つけたのは、個性的で華やかな指輪だった。
中央のダイヤを小さなダイヤが四角く取り囲むようなデザインになっており、珍しい形状だが、それがかえって魅力的であるように見える。

「…どこかで聞いたような」
「…?」

しかし、智絵は指輪そのものよりも、指輪の名前に何か覚えがあるようだった。
少し立ち止まり彼女の様子を見守っていると、スタッフが僕達に声を掛けてくれる。

「こちらは温暖な気候に広がる花、スウィートアリッサムをイメージした指輪です。花壇の縁取りなどによく使われる、小さいけれど綺麗な花なんですよ」
「…花壇! ああ、そうだ」

スタッフの言葉を聞き、何か思い出したようだ。
僕が「何か思い出したの?」と聞くと、智絵は懐かしむように答えた。

「先輩の家の花壇に咲いていた花が、スウィートアリッサムだったの」
「智絵に台湾茶を勧めてくれた人だったっけ」
「そう。私が台湾茶の会社を立ち上げるきっかけになった、私の理想の人」

そう言って過去を思い出す智絵につられ、僕も過去のこと…智絵と初めて出会ったときのことを思い出す。


智絵と初めて出会ったのは、若手起業家が集う交流会の場だった。

当時創業3年目だった僕の会社は、初めての会社の割には成功していた。
決して成功する確率が高いとは言えない1社目の起業で、僕が大きな失敗もなく順調に業績を伸ばすことができていたのには、元々コンサルティングファームにいて経営者と話す機会が多かったことや、父親も経営者であったことが関係していたように思う。
若手起業家の中では人脈があり、成功していた方だった僕は、起業したばかりの経営者から経営について相談を受けることも多かった。
その相談を受けた人のうちの一人が智絵だった。

彼女は他の若手起業家とは雰囲気が違った。
起業家の多くは、夢や理想だけでなく、地位や名声、金にも興味がある。
だから、必死に人脈を作ろうとしたり、金を持っている有名人と仲良くなろうとしたりする。
しかし、智絵にはそんな焦りや下心は一切なかった。

彼女は全てにおいて、丁寧で、優雅だった。
丁寧に挨拶をし、丁寧に椅子に座り、丁寧に質問をし、丁寧に僕のアドバイスを聞いた。
そしてその動作は、全て流れるように自然に行われた。
その無駄のない丁寧さを持つ彼女に…これまで接してきた起業家達とは全く異なる”美しさ”を持つ彼女に、僕は惹かれた。

どうしてこんな人が、起業家になったのだろう。
気になった僕は自分から彼女に、何故会社を立ち上げたのかを聞いた。
すると彼女は、微笑みながら答えた。

『台湾茶の素晴らしさを、もっと広めたいと思ったんです。
以前勤めていた会社で憧れの先輩が勧めてくれた台湾茶が、びっくりするほど美味しかったから』

一見丁寧で控えめに見える彼女が、きっぱりとそう答えたので、僕は驚いた。
穏やかな佇まいなのに、そこには確かな…決して揺らぐことのない、意志の強さを感じたから。


「先輩の家で『東方美人』をいただいた後、帰りに庭の花壇を見せてもらったの。
花壇を覆うように、スウィートアリッサムがたくさん咲いていて。
小さいけれど、凜と咲くその花たちが、とても美しくて…。
いつか先輩のように、美味しいお茶と美しい花に囲まれた、美しい暮らしがしたいと思った。
先輩のように、心豊かな、美しい人になりたいと思った」

そう語る智絵の横顔は、既に充分過ぎるほど美しく見える。

「…ごめんなさい、長々と。
指輪の名前と『優美』っていうゆびわ言葉を見て、そんなことを思い出したの。
憧れる言葉だな、と思って」
「…じゃあ、この指輪にしようか?」
「え?」
「君は認めたがらないだろうから、僕が代わりに認めようと思って。
君が既に充分『優美』だっていうことを」

試着をお願いすると、『sweet alyssum』は彼女の指にピタリと収まった。
存在感がある指輪だけれど、着けてみると不思議とよく似合っている。

「これにしよう」
「…ありがとう」

智絵は『sweet alyssum』を着けた自分の手を見つめ、僕に二度目の「ありがとう」を言った。
その姿は上品で美しく、僕にはやはり『優美』に見えた。

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