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Ring Story

For you ゆびわ言葉 ®:好きやねん

2019.12.18

ロック好きが集うコミュニティで最初の書き込みを見たときは、やや積極的だけど、よくいる新人さんやと思っていた。
最近有名になった某バンドの曲が好きになって、ロック自体にも興味を持ったという女の子。
挨拶から始まり、おすすめのバンドや曲について質問していた。

既にいくつかレスがついていたけど、一応コミュニティのリーダーとして俺もおすすめのバンドや曲をいくつか紹介する。
初心者でも聞きやすくて、好きだと言っていたバンドの方向性に近いバンドや曲を。
ディープなのもいいけど、最初はやはりロック自体を好きになってもらうことが大事だ。
新たに好きな曲を1曲でも見つけてくれればいい。

ありがとうございます、と返した新人さんは、今度は数日後にあるライブに行く人がコミュニティ内にいないか尋ねた。
俺は行く予定だったのでそう答え、せっかくなので一緒に見ますか?と聞いた。
新人に優しくするのはリーダーの務めやし、お決まりのフレーズやファン内の常識、暗黙のルールなどを知っていた方がライブは楽しめる。そういうものを説明する意味も兼ねて、その新人さんと会うことにした。
俺の他にも何人か行く人がいたので、集合場所を決めて待ち合わせをした。

しかし、集合場所に行ってみてびっくりした。
そこにいたのが、目が大きくてモデルみたいに可愛い女の子やったもんやから。

「“タケ兄“さんですね! 初めまして、“かや“です!」

他人かと思ったけど、そう挨拶されたので疑いようもなかった。
話すときの口調も、書き込みをしてたときと同じやし…。

「ど、ども。はじめまして」

普段は誰よりも先陣切って挨拶するのに、上手く喋れずどもってしまった。
今でこそコミュニティのリーダーなんかやってるけど、元々人と接するのは苦手だ。
それも、今まで日陰で生きてきた中でこんなに可愛い子と話すことなんてなかったから、尚更緊張した。

…したものの、いざライブが始まると、普通に喋れてしまっていた。

「ほんでな、リーダーのあの曲の前の一言が最高なんや。トークまで曲みたいにエモくて」

「新曲も出たし、ライブのどこで来るかなってワクワクしてんねんけど、バンドの性格からしてきっと焦らすんやろな~って。でも熱いナンバーだから絶対いいとこで出ると思うねんな。かやちゃんもハマるで、絶対」

「もう俺なんか男なのに惚れるわ~って感じ。ホンマ最高よ、特に今日は新曲初出しやし、良い日に来たと思う」

何せロックバンドが大好きで、今日は特に推しバンドのライブなもんやから、誰彼構わず喋ってしまう。

「そうなんや~。私ってラッキーなんやね、なんかすごい楽しみになってきた」

かやちゃんは、俺がいっぱい喋っても引かずに聞いてくれた。それどころか、ライブの楽しみ方や誰に注目すればいいかみたいなことをかやちゃんの方から色々聞いてきてくれた。
だもんだから、俺も嬉々として「この曲はベースソロがカッコイイから…」なんて返してしまう。
めっちゃ居心地いい。可愛いから惹かれてるんじゃなくて、もしかして相性がいいんかな…。

いやいや、俺なんてもうアラサーのおっさんやし、そんなこと考えたら失礼なのかもしれないけど。

ライブの後、かやちゃんに頼まれて連絡先を交換した。
名前が“香耶“になっていたのでおそるおそる聞いてみる。

「…もしかして、本名?」
「そうなんです~。タケ兄さんは?」
「実は俺も本名なのよね~。本田タケ兄っていうんやけど」

お決まりのボケをやると(ちなみに名字は本田じゃない)、かやちゃんは「兄まで名前なんかい!(笑)」と的確にツッコんでくれた。

「ま、それは冗談やけど、俺もタケがつくから一応本名やな。
呼びづらいからタケ兄にしてるけど」
「じゃあこれからは本名でタケ兄って呼ぶことにするわ(笑)」
「変わってへんやん!(笑) じゃあ俺も“香耶ちゃん“って呼ぶわ」
「…今もしかして漢字で呼んだ?」
「呼んだ」
「文字じゃないと全然わからん(笑)」

なんてやり取りをしてその日は解散した。月並みな感想だけどめっちゃ楽しかった。

香耶ちゃんは俺に懐いてくれたらしく、いつしか本当の兄妹みたいに何でも気軽に話せる間柄になった。
仲良くなった一番の決め手は、音楽の趣味が一致したことやと思う。
他のコミュニティメンバーには微妙と言われたバンドの良さも、香耶ちゃんはちゃんと分かってくれた。

恋人ではなく兄妹になったのは、年の差があったこと、そしてライブに行くたびに他の男が近づかないように面倒を見ていたからだった。
彼女にとって俺は、優しくて頼れるお兄ちゃんのような存在らしい。そういう内容のメッセージをくれたこともあった。

最初はそれでいいと思っていた。こんな可愛い子に俺が似合うはずないと思っていたから。
でも、“かやちゃん“が身近な存在に、“香耶“になっていくにつれ、俺の心にごまかしきれない想いが浮かんだ。
もしも香耶と、恋人になれたら…。
でも、想いを告げることなんて勿論できない。身近な兄のような存在だったはずの俺が、実は男として自分のことを見ている…そんなこと知られたら、嫌われるに決まってるから。

想いをごまかしたかった俺は、その後しばらく仕事が忙しいと偽って、ライブに行くのをやめた。
見たかったバンドのライブはたくさんあったけど、もうそれどころじゃなくなっていた。
香耶に会ったら、俺は想いを告げてしまうんじゃないか…それが怖かった。

ある日、「どんなに遅くなってもいいから、タケ兄に会いたい」…そんなメッセージが香耶から届いた。
無視することもできずに会いに行くと、待ち合わせ場所で香耶は、知らない男と話していた。
男は車から降りてきて、香耶を車の中へ誘おうとしていて…。
それを見た瞬間、もうだめだった。

「香耶!」

俺は香耶の元へ走り、香耶の手を引く男の手をはねのけた。

「タケ兄!?」
「…兄?」
「…行くで、香耶!」
「あ、ちょっと…!」

香耶の手を引き、その場を離れる。
5分ほど早歩きで進んだところで、後ろから誰も追ってきてないのを確認して手を離した。

「…タケ兄? なんで…」

「…嫌やねん」
「え?」
「嫌やねん、香耶が他の男と話してるのも、車に乗るのも!
兄やからやない…嫌なんや、男として」
「…! タケ兄」
「…ごめん。俺、香耶のこと好きや。
困らせて本当ごめん。でも、好きやねん。どうしようもないねん、この気持ち」

臆病な俺は、言うだけ言って、目をつぶった。
嫌われるだろう、目の前からいなくなるだろうと思った…でも、目を開けてもまだ、香耶は俺の前にいた。

「…ホンマに? タケ兄、男として、私のこと好きなん?」
「…お、おう」
「嬉しい。私もずっと言いたかったけど、言えんかってん。今の関係が壊れてしまう気がして」
「…え?」
「私も好きや。タケ兄のこと。兄としてじゃなく、男として」

結局、俺達は結ばれた…その上、とんでもないオチまでついてしまった。

「あの人な、ナンパしに来た人やないんやで。
私の本物の兄や(笑)。あそこで会ったのは偶然やけど」
「…んな、アホな…」

そんなコントみたいなことやってもうたんか、俺…。
恥ずかしい。けど、男じゃなくてホンマに良かったと心から思った。


半年後。
婚約指輪を見て回っていた俺達は、梅田にあるAFFLUXというブランドの店で、大阪らしい『好きやねん』というゆびわ言葉がついている指輪を見つけた。

「あの時の剛彦(たけひこ)の台詞みたい」
「や、あの時は必死だったんや、ホンマに…!」
「うん、私、今でも覚えてるし感動してるで。…ねえ、これにしない?」
「まあ、香耶がいいって言うなら…。
な、ひゃ、ひゃくななじゅうにまんえん!?」

値段を見て、ひっくり返りそうになった。
そんな俺を見て、香耶は楽しそうに「冗談や冗談(笑)」と笑う。

…な、なんか悔しいな。

「こ、買うたる!」

俺は意を決してそう言った。本気であることを察した香耶は慌てて「いいって、そんな」と止めるが、俺は止まらない。

「ここで買わんと男が廃る。もう兄とちゃう、夫になるんやから」

香耶はしばらく俺を止めようとしたが、やがてどうしようもないと悟ったのか…。

「…じゃあ、私が代わりに貯金するわ。これからは夫婦で頑張るんやもんな」

と言った。
なんだか夫婦になったら、俺の方が面倒を見られる側になりそうだ。

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