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Ring Story

Mou ゆびわ言葉 ®: 包容力

2018.09.30

「すみません、ちょっと用事が…! また来ます!」

ブライダルリングを選びに訪れたジュエリーショップであるものを見てしまった私は、びっくりして思わずそう叫び、一緒に来ていた恋人の腕を引っ張って店から飛び出してしまった。

「…? さや、どうしたの?」

突然腕を引っ張られた恋人・勇太は、そう言いながらも特に抵抗することなく、私の後についてきてくれる。

小柄な私から見たら巨人のような彼は、本来、私の力じゃびくともしない。
でも、優しい彼はいつも自分から私に寄り添ってくれる。
…だからこそ、今、私はすごくパニックになっているんだけど。

「…ねえ、知らなかったんだけど」

しばらく歩いた後、私は彼の腕を離し、何も分かっていない彼の目をじっと見る。

「何が?」
「この指輪! こんなに高いものだと思わなかった!」

私が手にとって見せたのは、首にかけていたネックレスについている指輪。
付き合い始めて最初の誕生日に彼がくれたものだ。
確かに指輪は綺麗だったけど、最近はこういうネックレスもよく見かけるし、高くても数万円だと思っていた。
それがまさか、ブライダルリングを扱うお店の本物のダイヤを使ったファッションリングで、25万円もするものだなんて…。

お店のディスプレイで全く同じ指輪を見つけてしまったものだから、びっくりして慌てて出てきてしまった。

「…ごめん。値段言ったら返されそうだったから、言えなくて」
「いや、そもそも何でこんな高いものを」
「…雲をモチーフにした指輪だったから」

私が質問すると、勇太はしゅん、と体を縮ませてそう答える。

確かに、もらったときも雲をモチーフにした指輪だから、と言っていた。雲が5つ浮かんでいるようなデザインの指輪は確かに可愛くて、綺麗で、私もとても気に入った。
…だけど、まさかこんなに高いものだなんて全く想像できなかった。

「雲をモチーフにした指輪ってだけなら、他のものでもよかったのに」
「…ごめん」

怒るつもりはなかったけど、言い方がキツくなってしまったせいで、勇太はますます体を縮め、小さな声で謝った。
「そうじゃなくて、理由が聞きたくて」と慌てて付け足すと、彼は背中を丸めたまま、小さな声で呟いた。

「…これが一番、あの時見つけた『串だんご』に似てたから」


勇太と初めて出会ったのは、2年前の秋のこと。
病棟勤務の看護師である私が担当することになった新しい患者さん、キヨさんの付き添いとして病院に訪れていたのが勇太だった。

キヨさんの車椅子を押す勇太は、すごく体格の大きい人だった。
身長も高かったから、もし黙って目の前に立たれたら、かなり怖かったと思う。
でも、彼はいつもにこにこ優しく車椅子を押していたし、大きな体を何度も屈め、キヨさんと目線を合わせておしゃべりをしていた。
だから決して怖くなかったし、寧ろ、どこからどう見ても、お婆さんに付き添う優しいお孫さんだった。
それだけに、「孫じゃなくて、介護職員なんです」と言われたときはびっくりして、つい「そうなんですか!?」と聞き返してしまった。

そんなキヨさんは今回、2週間ほど入院することになった。
検査が中心で、大きな手術も行わない予定だ。だから特に心配する必要はなかったけれど、それでも彼は週に3回ほどキヨさんの様子を見に来て、着替えを用意したり、洗濯物を回収したり、大好きな昆布のおやつを持ってきたりした。
キヨさんいわく、これも介護職員の仕事の一環らしい。

「そうなんですね。でも、あまりに親切だから、本当のお孫さんかと思って最初びっくりしたんですよ」

ある日、検温の時間に私がそうキヨさんに話すと、キヨさんは笑った。
そして、「でも施設で決められているサービスは週2回までで、あと1回は個人的に来てくれてるのよ。最高の孫でしょう」と、自慢するように言った。

そんなキヨさんと、ある日病院の庭までお散歩に行った。
キヨさんが外に出たいと言ったとき、丁度私の手が空いていたから、車椅子を引いて庭まで連れ出した。外は清々しい秋晴れで、青い空のところどころには、柔らかそうな白い雲が浮かんでいた。

「いいお天気ねえ」
「そうですね、本当に」

ゆっくりと散歩していると、後ろから「キヨさん!」と呼ぶ声が聞こえた。
「ああ、よかった、看護師さんと一緒で」
介護職員の彼はそう言って、ほっとしたような表情を見せた。

それから、3人で散歩をした。彼は空に浮かぶ雲を指さして、「あれは帽子で、あっちはコッペパン!」と子供のようにはしゃいで言った。
そんな彼につられたのか、キヨさんも一緒になって「じゃあ、あれは主人のゴルフクラブね」と言った。
そのまま私たちは、面白い形の雲を探した。しかし、そのうち疲れてしまったらしく、キヨさんは車椅子の上で眠ってしまった。

「あの、キヨさん寝ちゃったみたいですから、帰りませんか?」

まだ雲を探していた彼に、私はそっと声をかけた。
すると彼は我に返って「あ、はい」と答え、車椅子をゆっくりと動かし始めた。

「ずっと雲を追いかけてましたね」
「子供なんです、俺。いい年して雲とか追っかけちゃうし…看護師さんは大人ですね」
「そうですかね? 小さい割に可愛くないとは、よく言われますけど」
「身長なんか関係ないっすよ。俺なんか図体でかいのにこんなだし…優しく見守ってくれる看護師さんの方が大人だし、守ってくれそうな感じします」
「そんなこと…」
「あ、串だんご!」
「へ?」

急にそう叫んだ彼につられて空を見上げると、丸い形の雲が3つ連なって空に浮かんでいる。
一番左の雲には、串のような細い線も微かに見えていて…。

「見えませんか?串だんごに」
「……見えます」
「ですよね!」
「…ふふ、はい」

その後、あのだんごは誰が食べるんだろう、とか、タレをつけて食べたい、とか、食べ物を見るとお腹が空いてくる、とか…。
そんなふわふわとした会話をしながら病室に戻った。
心まで軽くなるような時間だった。


そのことをきっかけに、私たちは少しずつ仲良くなり、今に至るわけだけど…。

「あの時の『串だんご』…」
「それで、つい嬉しくなって、高いけど買っちゃえって…」
「…ふふふふ」
「おかしいかな、やっぱり」
「…ううん」

私は首を横に振る。

「変わってないなあ、勇太は。
いつもマイペースで、大きくて、優しくて、癒される」
「さやだって、変わってないよ。いつも見守っててくれて、僕を優しく包み込んでくれる」
「ふふふ」
「…ふふふ」

出会った頃と変わらない自分たちが何故かおかしくて、お互いにくすくす笑ってしまう。
そのうちに、なんだか指輪について問い詰めていたことが、すごく些細なことのように思えてきてしまった。

「…もういいや。指輪のことは。
でも高級なものだし、これからはネックレスにしない。ちゃんと指につけるから」
「うん」
「それから、結婚指輪も同じ『Mou』にしようよ。私たちに似合う気がする」
「うん、そうしよう。そうしたいと思ってたんだ」

そうして仲直り?をした私たちは、手を繋いで、ゆっくりさっきのお店に戻っていく。
お店ではさっき担当してくれたスタッフさんが、もう一度私たちを温かく迎えてくれた。

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