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Ring Story

snow ゆびわ言葉 ®︎: 無垢な想い

2020.10.31

 

「…それでね、指輪も桜の模様が入ってるものにしたの。
付き合い始めたのも春だし…それに、ヒロトが私の名前にちなんで式も指輪も桜で統一したいって、こだわってたから」
「なるほどねえ」

結婚をするという報告を聞いてから早半年。
彼女が好みそうなアンティークな雰囲気のカフェで久しぶりに会ったさくらは、嬉しそうに最近の出来事を話した。
結婚指輪も決まり、準備も順調に進んでいるらしい。準備や段取りが得意じゃないさくらがちゃんと進められているのか少し不安だったけど、いい相手に恵まれたようでよかったと思う。

「ちなみに、どこのブランドのやつ?」
「えっとね、AFFLUXっていうとこのなんだけど」
「え、まじ? うちもだよ」
「え!? うそ、偶然!」

さくらが目を丸くしたので、私は証拠代わりに自分の薬指の指輪を見せる。

「その綺麗な指輪って、AFFLUXのだったんだあ。
…言われてみると、ちょっと形とか似てるかも」

さくらの指輪(『Season』というらしい)には桜の模様が入っているらしいけど、私の指輪『snow』には桜ではなく、雪の結晶が刻まれている。
職人が一つ一つ手彫りで彫っているという結晶は、繊細で綺麗で、すごく気に入っている。

「似てるといえば、指輪を選んだ時の話もさくらのとこと似てるかも。
うちも、旦那がどうしても雪の結晶がいいって言い張ってさ…」
「”ゆき”だから?」
「別に私の名前は、”雪”って漢字を使ってるわけじゃないんだけどね」

私の名前は希望が有ると書いて”有希”であって、雪とは関係ない。
でも、旦那・修也(しゅうや)は雪の結晶が刻まれた『snow』の指輪を見た瞬間、「絶対にこれがいい!有希さんと同じ名前だし!」と主張した。(ちなみに、彼は結婚後も私を『有希さん』とさん付けで呼ぶ。本人曰く敬愛の証、だそうだ)
これまで彼が何かにこだわることはなかったから最初は驚いたけど、「私と同じ名前だから」という理由でこだわっているというのは、正直ちょっと嬉しかった。
その勢いに押されたのもあって(もちろん、デザインが素敵だったからというのもあるけど)、『snow』の指輪に決めたのだった。

「でも、嬉しかったんでしょ」

心を見透かされたようにさくらにそう言われ、私は思わず目を逸らす。

「…まぁ、悪い気はしなかったけど」
「有希ってば、相変わらず素直じゃないなあ」
「うるさいなぁ、いいでしょ、私のことは。今日はあんたの近況報告を聞くために来たんだから」

そう言ってテーブルの上のカプチーノを一口飲むと、さくらは「うん、ありがとう」と言い、また自分の話に戻った。


 

互いの近況についてひとしきり話し終えた頃、さくらが「そういえば、今日、旦那さんは?」と聞いてきた。

「ん? 家にいるはずだけど…」

私が返事をしたと同時に、スマホにメッセージが来た。

「うわ、いいタイミング」
「旦那さんから?」
「うん。『外寒いから、終わったら迎えに行こうか?』って」
「有希の旦那さんって、ほんとにいい旦那さんだよねえ…」

ここまで献身的な旦那は中々珍しいらしく、さくらに限らずいろんな人に羨ましがられる。
本人には言わないけど、密かな自慢だ。修也と結婚できたことは。

「んー、丁度いいタイミングだし、そろそろ帰ろうかな。けっこう話し込んじゃったし」
「あ、そうだね。
今日はありがとう。久しぶりに有希と会えて楽しかった!」
「うん、私も。さくらの元気そうな顔が見れてよかった」

お会計を済ませ、さくらと別れた私は、店を出たところでもうすぐ来る修也を待つ。
外は彼が言っていた通り寒かった。空もどんよりと曇っていて、これから雪でも降りそうな天気だ。

「雪か…」

右手で『snow』の指輪に触れながら、私はあの時のことを思い出す。

修也はきっと、私の名前と同じだから、という理由で選んでくれたんだと思うけど…私にはもうひとつ、『snow』がいいと思った理由があった。
雪の結晶を見ていると…あの時のことを、思い出すからだ。


 

付き合ってから初めて迎えるクリスマス。
せっかくだからデートしようと仕事後に修也と待ち合わせをしていたけれど、遅れてしまった。
しかも、仕事が終わらず2時間も遅れた上に、連絡手段であるスマホの充電も切れていて…。
さすがにもう待ってないよね、と思いながら一応向かうと、修也は寒い中、鼻と頬を真っ赤にして待っていた。

「ごめん!」

仕事が忙しかったせいとか、充電が切れたせいだとか、言おうと思っていた遅刻した理由が、彼の顔を見た瞬間、何も言えなくなった。

「ごめん、こんな寒い中…。本当にごめんなさい…」

ただただ申し訳なくて、私がひたすら謝っていると、修也はこの上なく真剣な表情で私を見て、言った。

「有希さん」
「…なに?」
「体は無事?」
「…? うん」
「どこか具合悪いとか、ない?」
「大丈夫…」

修也はきっと、私が事故や病気で遅刻したんだと思っているのだろう。
真剣に私の無事を確認しようとする彼に申し訳なく思いながら、私は正直に遅刻した理由を話す。

「…あの、遅刻しちゃったのは、仕事が終わらなかったからで。
連絡できなかったのは、スマホの充電が切れてたからで…」
「へ?」
「…だから、連絡できなくて…ごめんなさい、こんな時間まで待たせちゃって」
「…なんだ、そっか」
「え?」
「よかったあ…!」

理由を理解した瞬間、険しかった彼の顔がぱあっと明るくなった。

「どこかで具合悪くなったとか、事故に遭ったとかだったらどうしようって、ずっと心配で…。電話も繋がらないし、めっちゃ不安だった。
ああ、よかった、無事で。有希さんが無事ならいいんだ」
「…修也。でも…」

こんなに待たせちゃったのに、と言いながら私は修也の冷たい頬に触れる。
すると修也は何かをひらめいたように、「ね、有希さん。俺、鼻赤い?」と聞いてきた。

「…? うん」
「じゃあ、俺、赤鼻のトナカイだね」
「え」
「てことは、遅くまで頑張って働いてきた有希さんがサンタだ。今日の主役で、俺が側で仕える、何時間でも待っていられる人」

修也はそう言って、屈託なく笑って…凍える寒さの中待ちぼうけにしてしまったことを、何もかも許してくれた。

「…っ」

その瞬間、修也の真っ赤な鼻の上に白い雪が一片落ちて…そして私は、その鼻の上の雪片ごと、彼の体を思い切り抱きしめた。
愛しいと思った。どこまでも健気で私を想ってくれる、彼のことが。


 

店を出てから10分後くらいに、修也が車で迎えに来た。

「ごめん、めちゃくちゃ信号に引っかかっちゃった…。もしかして、結構待ってた?」
「ううん、全然」

あの時の修也に比べれば、今の私なんて待っていないも同然だ。
私はそう答え、修也が運転する車に乗り込む。

「雪降りそうな寒さだね」
「ほんとにね。
…あ、雪と言えばさ、前、クリスマスに有希さんが遅れてきたことがあったでしょ」
「…うん」

私も今、丁度その時のことを思い出していたところだ。

「あの時、有希さんに何かあったのかなって、めっちゃ心配したけど…実は、それと同じくらい、不安もあったんだ。
もし、有希さんに愛想つかされてすっぽかされたんだったら、どうしようって。
そしたら立ち直れないな…って」

普通なら来ない相手に怒るところだと思うんだけど、修也は本当に全く、そういう感情を抱かなかったらしい。
どうやったらこれだけ純粋に、真っ直ぐにいられるんだろう、と思う。

「そういう心配とか不安とかで、実はちょっと泣きそうになっててさ…。そこに有希さんが来てくれて、抱きしめてくれて、すげー嬉しかった。
あの日から、俺の中で雪はすごい大事なものになったんだ。だから指輪も、これがいいって言ったくらいで」

そう言って、修也は自分の『snow』の結婚指輪を私に見せる。

「そうだったんだ…」
「うん。それに」
「…それに?」
「抱きしめられた後、キスしたのが有希さんとのファーストキスだったから、実は俺、毎年その日こっそりお祝いしてるんだ。有希さんとのファーストキス記念日」
「…え」
「あ、やべ。…引いた?」
「…恥ずかしい」
「え、俺が?」
「……」

違う、そうじゃない。
そうじゃないけど、言い出せない。

「有希さん、顔赤いけど大丈夫?
…やばい、俺が遅れたせいで風邪とか引いてたらどうしよう」
「…違う、大丈夫だから」

おろおろする修也に何とかそう返事をしつつ、私は小さくため息をついた。

どうしよう、恥ずかしいけど、嬉しい。
引いてもおかしくないような気はするけど、全然そう思わないし、むしろ嬉しい…。

「…やばい」
「へ? 大丈夫?」
「……」

…でも、そんなこと絶対に言えない。
言ってしまったら、修也のことだ、喜びすぎて家に着く前に事故を起こしかねない。

心の中にしまっておこう。
本当は嬉しいことも。もしかしたら、結婚相手が好きでたまらないのは、あなたじゃなくて私の方なのかもしれない、と思っていることも。

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