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Ring Story

Sho ゆびわ言葉 ®: しあわせ翔る

2020.03.31

陽が傾きはじめた空から、旅客機が降りてくる。
ボーイング787。
僕も整備している機体だ。
滑るように高度を下げ、スムーズに着陸する。
「ナイスランディング」
ほほえみながら僕はつぶやく。
ゆっくりと到着ゲートに戻ってくる787。
機内で、お客様を送り出すべくてきぱきと動き回っているであろう恋人のことを思い浮かべる。
志織(しおり)。
彼女は航空機を安全に運航するチームの一員である『CA』、キャビンアテンダントだ。

彼女との出会いはここ、空港ターミナルビルの屋上だった。


入社してすぐのこと。
憧れの航空機整備士になれた僕は、離発着をする飛行機を見ていた。
馴染みの場所のはずなのに、立場が変わるだけで景色が変わるものなのかと驚きつつ、こみ上げてくる嬉しさで叫びたい気分だった。
次の離陸のときに叫ぼう、そう思って滑走路の端で待機している787を見つめる。
滑走が始まり、速度がどんどん増す。
機首がぐっと上がる。今だ。フルスロットルのジェットエンジン轟音の中、大きく息を吸い、叫ぶ。
「やったぞー!」
「やったー!!」
僕じゃない声がすぐ隣から聞こえた。
驚いてそちらを向くと、同じように目を丸くして僕を見ている彼女がいた。
みるみるうちに顔を真っ赤に染めた彼女が、恥ずかしそうに笑いながら僕に会釈した。

あの瞬間の彼女を、僕は一生忘れないだろう。

彼女は国際線のパイロットの娘で、物心ついた頃から旅客機が好きだったそうだ。
その日はようやくCAとしての訓練が始まり、嬉しさのあまり叫んでしまったのだと、恥ずかしそうに教えてくれた。
彼女は特別美人というわけではないし、自分を飾ることもしないけれど、内面からにじみ出る優しさや気持ちの強さで輝いて見えた。

何度か屋上で顔を合わせているうち、空に憧れているという共通点もあって意気投合し、僕らは付き合うことになった。
2人とも不規則な勤務だから、月に2回しかデートできないすれ違いの毎日。
一緒にいられるならターミナルの屋上で十分だと言う彼女が愛おしかった。

僕が整備した機体に乗る彼女を、無事送り出せる達成感と共に手を振って見送る。

彼女も窓から僕を見つけてくれる。

なかなか会えない僕らだけど、お客様を無事に快適に目的地までお送りするという気持ちで強くつながっていた。

「……しっかりしろよ」
今日は彼女に大切なことを伝えなきゃいけない。
僕は自分を奮い立たせる。
彼女なら、緊迫した状況でもほほえみながら冷静に対応できるだろう。離陸や着陸を怖がるお客様を安心させたり、泣いている赤ちゃんをあやしたり、困っているお客様にそっと声をかけたり。
誰に対しても自然にできるのが彼女だ。

そんな彼女を自分だけの人にしたいという気持ちが、いつしか僕の中で大きくなってしまった。
今の生活のままでもいいから、僕とずっと一緒に空への夢を見つづけてくれる存在でいてほしい。

そんな時、僕はネットである指輪を見つけた。

『Sho』

自分と同じ名前の指輪。
「Shiori」とつづる彼女の名前の中にも『Sho』が入っている。
どんなに離れていても、僕の存在を感じてもらえるし、2人のつながりもより強くなるのではないか。そう思った。
反面、そこまでしたら重い男だと引かれるかもしれないと悩んだりもした。
でも、ここまで大きくなった僕の気持ちは止められない。

離陸決定速度はとうに超えている。
もう飛ぶしかないんだ。飛び立つ飛行機を見て、そう思った。

「翔」
呼ばれて振り返ると、スカーフを外しトレンチコートをはおった志織が立っていた。
「大丈夫?具合、悪いの?」
緊張で硬い表情の僕を心配しているようだ。
額に手を当てて自分の体温と比べている。
「ごめんね。待たせちゃったから、おでこが冷たくなってるね」
志織は笑った。
僕は初めて手をつないだ時より緊張しながら、志織の手を握る。

「あの……さ。俺は小さい頃からここで旅客機を見るのが好きだったんだ。だから、空への憧れを同じように感じてくれる志織と、ここで出会えたのは奇跡だと思ってる」
「うん……」
志織の手が温かい。
「志織はCAとして、俺は整備士として、昼夜の区別なく働いてるから、なかなか一緒にいられないけれど。友達とか恋人じゃなく、もっと気持ちが寄り添えるような、そんな存在になってほしいんだ。……僕と結婚してほしい」
志織に指輪を見せる。
ふわりと微笑んで、うなずきながら左手を差し出してくれた。

目の前で787が滑走を始めた。
僕らは手をつなぎ見つめる。

離陸決定速度を超えた。機首引き起こし速度に到達した機体はふわりと浮かぶ。
夕焼けに染まる空へと787は吸い込まれていった。

「いいテイク・オフだったな」
そう話しかけると、志織はうなずきながら愛おしそうに指輪を見つめていた。
志織の白い手に、整然と並ぶダイヤが煌めく。

僕らの夢は空を翔ける。いつまでも、永遠に。

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