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Ring Story

Aya ゆびわ言葉 ®:しあわせ彩る

2020.01.31

「じゃあ、いってきます」
「うん、いってらっしゃい」

――パタン

「…さてと。私も準備しなきゃ」

起きて朝食を作り、一緒にご飯を食べ、彼を見送り、出勤する。
毎朝続く日々は変わらず穏やかで、一瞬、自分たちのことを長年連れ添った夫婦か何かのように感じてしまう。
でも、現実はそうじゃない。

結婚していないのだ。
裕紀(ひろき)と交際をはじめてもうすぐ5年…同棲を始めてからも1年が経とうとしているのに、未だに結婚の話が出ない。
映画やドラマでプロポーズのシーンを見る度に、羨ましいな、と思う。
こっちは「いいなぁ」と呟いてみても、何の進展もないのに。

出会った頃は若かったし、21歳で初めて付き合った彼が優しく穏やかな人で、嬉しかった。
デートのときはいつも私を大切にしてくれるし、怒ったり焦ったり、変な見栄を張ったりもしない。

でも、私ももう26歳。アラサーと呼ばれる年齢だ。
私より後に交際をはじめたカップルだってもう結婚してるのに、私達の時間は穏やかに進むばかりで、何も起こらない。

このままじゃ進まないと思って、1年前に同棲を申し出た。
裕紀は夜勤とかもあって不規則だから迷惑になるかも、と言ったけどそれでもいいと押し切った。
一緒に住んで、料理を作ってあげたり彼の世話をして良い奥さんになれることをアピールすれば、結婚を考えてくれるはず…そう信じて、仕事の合間に家事を頑張った。
でも、結局、何も進展しなかった。

私が食事を作る。彼は美味しいと言って食べてくれる。
時間が合う日は少ないけど、それでも合う日は一緒にお風呂に入ったり一緒に寝たりもする。
毎日顔を合わせて、「おはよう」「おやすみ」「いってきます」を言い合う。
それでも、まだ彼は「結婚しよう」とは言ってくれない。

そんな中、私の26歳の誕生日がやってきた。
私と裕紀が付き合いはじめた記念日でもあるこの日、彼は普段行かない高めのレストランを予約してくれた。
5年という節目に、高級レストランでの夕食。これはもう、期待しないわけにはいかない。
『5年間の交際を経て、夜景の見えるレストランで指輪とともにプロポーズ』…そんな、ベタだけど素敵すぎるシナリオを頭に思い浮かべながら、私はレストランに向かった。


美味しいコース料理を堪能した後、裕紀がちらりとウェイターさんを見た。
すると、ウェイターさんは恭しく頷き、ケーキと花束を持ってくる。

「交際5周年、それから、誕生日おめでとう」

裕紀はそう言って、真っ赤なバラの花束を渡してくれた。
ケーキの上に乗ったプレートには、『Happy Birthday Aya』という文字が書かれている。

「ありがとう…! 嬉しい!」

蝋燭の火を吹き消し、バラの花束を受け取る。
さあ、後は指輪をもらうだけだ。
私は感激しつつ、彼の次の言葉を待つ。

「喜んでくれてよかった。
5周年だし、ちょっと豪華に祝いたかったんだ」
「…」
「じゃあ、食べようか」
「……え?」

…ちょっと待って。そ、それで終わり?

「? どうしたの?」
「う、ううん、なんでもない」

…そっか、きっとケーキの中に指輪が入ってるんだ。
そうだよね?まさかこれだけ、なんてことないよね?

そう祈りながらケーキを食べる。
しかし、指輪は影も形も見つからなかった。

「……」

そして、プロポーズの言葉もなかった。
信じられないけど、本当に”ちょっと豪華に祝いたかった”だけらしい。
だ、だからってこんな素敵なシチュエーションまで用意して、どうして…。
どうして、一番欲しい言葉と指輪をくれないの?

「…彩、どうしたの? 具合悪い?」
「……」

言えるわけない。
期待していた指輪がもらえなくてがっかりした、だなんて。

ちゃんと記念日も覚えててくれたし、きっと一生懸命考えて準備してくれたプレゼントだ。
指輪じゃなくたって嬉しい。嬉しい、はずなのに…。

「…もういい!」

気づいたらそう叫んで、レストランから飛び出してしまっていた。
どうして、怒ってしまったんだろう。
私が勝手に期待していただけなのに。

次の日すぐに謝ったものの、それから裕紀とは何となくギクシャクするようになった。
裕紀の帰宅時間も、これまでより遅くなった。彼の方も、家にいづらいと思っているのかもしれない。


レストランでケンカした日から一ヶ月ほど経ったある日、裕紀がやけにあらたまって「彩、渡したいものがあるんだけど」と言いだした。

「何?」
「…ずっと、待たせてごめん」
「…?」

裕紀は突然片膝をつき、箱を取り出してパカッと開けた。

「俺、全然気づかなかった。毎日順調で、幸せだったから、結婚はまだ先でもいいと思ってた。
結婚は、彩を養うことや将来家や子どもを持つことを考えて、しっかりお金を貯めてからにしよう、って思ってて…。
でも、彩がそんなに悩んで苦しんでたなら、もっと早く自分の気持ちを伝えれば良かった」

今度は、本当に指輪だった。
真ん中にダイヤモンドがキラリと輝く、ずっと憧れていた婚約指輪だった。

「彩とのことを先輩に相談したら、怒られたんだ。それではじめて気づいて…。
ごめん、もう二度と、一人で悲しい思いさせないから。
だから、俺と結婚してください」

彼の言葉を聞きながら、私は目の前に差し出された指輪を見つめる。

「彩と同じ名前の指輪なんだ。『Aya』っていう名前の」
「…私と、同じ…」

そんな指輪があったなんて。
そして、わざわざその指輪を見つけて、プレゼントしてくれるなんて…。

気づけば、涙が溢れていた。
ずっと憧れていて、何度もシミュレーションしていた瞬間。どう答えようかも考えていた。でも、でも…胸がいっぱいで、なにひとつ言葉にならなかった。

「彩…」

ずっと、婚約指輪を差し出されるプロポーズに憧れていた。
これまでそれは、ただ何となく”羨ましい”気持ちからだった。
でも、今ならわかる。
私は指輪とプロポーズの言葉という、揺るぎない愛の証が欲しかったのだと。

「ごめんなさい…ありがとう…」

ずっと一人で抱えていた焦りや不安や寂しさが、涙と共にゆっくり流れ落ちていく。
涙が止まらない私の背中を、裕紀はいつまでも優しくさすってくれていた。

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