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Prairie ゆびわ言葉 ®: 共に歩む

2019.05.31

買い物の帰り、突然にわか雨が降ってきた。
雨宿りできる場所を探していると、河川敷が見えたので小走りで向かう。
少し橋の下で休憩しよう…そう思い急いだが、河川敷に着いた瞬間、雨はあっさり止んでしまった。

「…あれ」
「…やんじゃったね、雨」

一緒に走ってきた”みちる”も雨が止んだことに気づき、空を見上げる。

「はぁ…」

ずぶ濡れになるよりはいいけど、走って損したなあ。
俺はそう思い溜息をつく。
しかし、みちるの方を見ると、彼女はにこにこ笑っていた。

「ねえ、せっかく来たんだし、ちょっとお散歩しようよ」
「え?」
「雨上がりの河川敷なんて、久しぶりだし…。もしかしたら、二人でお昼ご飯を食べに来た日以来かも」

みちるは嬉しそうにそう言って歩き出す。

…ああ、あの日も、雨上がりだったっけ。
俺は彼女の後を追いながら、あの日のことを思い出す。


俺が高校卒業以来ずっと働いている小さな金型工場に、初めて事務員が採用された。

従業員が10人ほどしかいない小さな町工場だったので、それまでは社長の奥さんである敏子さんが一人で事務を行っていた。
しかし、敏子さんが高齢になり、いざとなったときに代わりに事務ができる人が欲しいということで募集をかけ、採用されたのがみちるだった。

そのみちると初めて一緒に昼食を食べた場所が、雨上がりの河川敷だった。
休憩時間にたまたま事務所に行ったら彼女が一人で昼食を食べるところだったので、せっかくだからどこかで一緒に昼食を食べよう、という話になったのだった。
みちるがお弁当を持ってきていたので、お店じゃなくて外で食べよう、ということになり…そうしてやってきたのが、工場から徒歩10分ほどのところにある河川敷だった。

河川敷の空いている場所にレジャーシートを敷き、二人で昼食を食べた。
その後少し休憩していると、みちるがぽつりとこう言った。

「いい会社ですよね。みんな、温かくて」

それから、彼女はゆっくりと話しはじめる。

「初めてです、失敗しても怒鳴られない、自分を家族のように大切にしてくれる会社は」

みちるは入社当時からマイペースで、仕事もあまり要領がいい方ではないらしい。
それでも、敏子さんは根気よく教え、「そのうちできるようになるから、今はゆっくり覚えなさい」と励ましてくれるのだそうだ。

敏子さんの性格を考えれば納得できる。
みちるのことを「みっちゃん」と呼ぶ敏子さんは、みちるを自分の娘のように思っているみたいだから。

「私、小さい頃は両親が共働きで、なかなか家に帰ってこなくて…兄弟もいないし祖父母の家も遠かったから、家で一人で過ごすことが多かったんです。
だから、今の環境が、温かくて、嬉しくて」

みちるはそう言って幸せそうに微笑む。
そんな彼女を見て、ああ、俺と同じだな、と思った。

「俺もそうだった。親父は出張が多くて、おふくろは看護師で夜勤があったから、夜、家に誰も帰ってこない日もあった」
「そうなんですか?」
「うん。でも、そんなときに俺の面倒を見てくれたのが、社長と敏子さんだったんだ」

おふくろの勤める病院に通っていた敏子さんは、おふくろとの会話の中で俺が一人家にいる日があると聞き、その日だけ俺の面倒をみたいと申し出てくれた。
敏子さんは、「息子二人が実家を出てから、家に子どもがいなくて寂しい」と俺を息子のように可愛がってくれた。

「社長と敏子さんには、俺もすごく世話になってて…だから俺も、社長と敏子さんのこと、家族のように思ってる」

だから、心の中では実家を継ぐような気持ちで、工場に就職した。
社長と敏子さんの作ってきた工場を、技術者として守っていきたい。誰にも言ってないけど、そんな密かな目標がある。

「素敵ですね…本当に、ここの人たちに出会えて良かった」

みちるはそう言い、その後、初めて事務員募集の張り紙を見たときの話をした。
…が、その後はよく覚えていない。
ゆっくり長く話す彼女のリズムが心地よくて、気づけばうたた寝をしてしまっていたからだ。

「…ミツヒロ、さん?」
「……ん……?」

目を開けると、みちるの顔が目の前にあった。

「わっ!」

慌てて飛び起きる。
いつの間にか左手が敷いていたレジャーシートからはみ出していて、草むらの雨露に濡れていた。

雨が降っているのかと思ったけど、外は晴れたままだった。
太陽が高い位置にあり、河川敷の草原が光り輝いている。

「…よかった、起きて。
ごめんなさい、私の話、退屈でしたよね…」

草原に見とれているとみちるがそんなことを言うので、俺は慌てて否定する。

「いや、違う、何かすごいリラックスしちゃってて…ごめん」

言ってから、あれ、リラックスしてうたた寝したことなんてこれまであったっけ、と思った。
小さい頃は両親に気を遣っていたし、今は社長や敏子さんと一緒にいるから、昼にうたた寝なんてしたことなかった。

ああ、でも、この人と一緒にいると落ち着くな…。

「そろそろ、戻りましょうか。さすがにこんなに長い時間休憩してたら、怒られちゃいそうですし」
「え、そんなに時間経ってた?」

時計を見ると、工場を出てそろそろ1時間が経とうとしていた。
俺たちは慌ててレジャーシートを畳み、工場へ小走りで戻る。

走りながら、優しく穏やかなみちるの笑顔と、雨露に煌めく草原を思い出し、俺は思う。
もっとこうしていたかったなあ、と。


「そういえば、あの日からなんだよな。俺がみちるを意識しはじめたの」

河川敷を散歩しながら何気なくそう呟くと、隣から「私も」という返事が返ってきた。

「優しくて素敵な人だなって、あのときに」
「え、そうなの? 俺寝ちゃってたのに…」
「…寝顔も可愛かったから」

そうだったのか、と2年経った今さら答え合わせをする。笑みがこぼれ、手を繋ぐ。
繋いだ手の薬指には、草原をイメージして作られた、ウェーブが綺麗な結婚指輪がついている。

「そのスーパーの袋も持とうか?」
「ううん、大丈夫」
「でも、一人だと重いでしょ」
「…じゃあ、一緒に」

一緒に荷物を持つ。
今は愛する妻となったみちると、これからも共に歩む。

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