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Ring Story

Twinkle ゆびわ言葉 ®: きらめく心

2019.07.31

数年前。
私には、わからないことが二つあった。

「あ。…おはようございます」
「おはようございます…」

一つ目は、オフィス前でばったり出会う、隣の部署の先輩。
…なぜ、出勤時間も業務内容も違う彼と、こんなによく出会うのか。

休憩時間に自販機で飲み物を買う時。営業の先輩に資料を持ってくるよう頼まれ外出した時。来社されたお客様を玄関まで迎えに行く途中、などなど。
丁度彼も同じ部署の人達の飲み物を買おうとしていたり、取引先企業での会議の帰りだったりして、狙ったわけでもないのによく出会う。

あまりに何度も顔と名札を見ているので、業務で関わることもないのに名前を覚えてしまった。

前田 寛之(まえだ ひろゆき)。
見た目はすごくイケメン!というわけでもなく、マッチョで男らしい!って感じでもないけど、いつも落ち着いていて、仕事ができそうなオーラがある。

「…今日も会いましたね」
「そうですね…何でですかね。合わせたわけでもないのに、不思議ですね」

出会ってしまった私達は、毎日のようにそんな当たり障りのない会話をしながら一緒にエレベーターに乗り、途中で別れてそれぞれ自分の部署のあるフロアに向かう。

何かのタイミングが噛み合ってしまったのか、数ヶ月前からずっとこんな感じだ。
嫌なわけではないけど、何だか不思議な偶然だな、と思う。


そして、二つ目のわからないことといえば。

「…777だ」

お昼休みにコンビニで買った商品の合計金額が777円だった。
もちろん、計算したわけではない。
他にも、いつも引っかかる信号に引っかからないとか、面倒なお客さんからの電話を回避できるとか…何故か、彼に会った後はこういう”ちょっといいこと”が起こるのだ。

朝の占いでは、よく「今日のラッキーパーソンは○○な人!」なんてやってるけど、私にとっては常に前田さんがラッキーパーソンらしい。
1回や2回じゃなくて、ほぼ毎回こういうことが起こるから、嬉しいけどちょっと怖い。
運命の糸で結ばれてるんだろうか…この場合、糸の色は赤色ではなさそうだけど。


恋愛的な意味ではなく気になる人だった前田さんと、ある日一緒に出かけることになった。
このきっかけもまた、偶然だった。

彼が同じ部署の人達と4人で行こうとしていたグルメフェスのチケットが、たまたま1枚余っていたのだ。
事情があって、1人参加できなくなったらしい。
そこに偶然私が通りがかり、良ければどうですか、と声をかけられ…そんな「本当にこんな流れで誘われることってある?」と言いたくなるようなシチュエーションから、私は前田さん達と一緒に出かけることになった。

グルメフェスでは、会う回数は多いものの、込み入った会話をしたことがなかった前田さんの、素の一面がたくさん見れた。
前田さんは細身で知的…どちらかというとおとなしい印象の人なのに、よく食べよく飲む人だった。

「高橋さんも、これ、ちょっと食べてみる?」
「あ、はい…おいしい」
「ね! おいしいよねー」

そして、食べる時はよく笑い、よく話す人だった。
そこですっかり打ち解けた私は、次の日、オフィスでまたも出会った前田さんにあるお願いをした。


「ラッキー実験?」
「はい。昨日も少し話したと思うんですけど、何故か前田さんと会った日はちょっとラッキーなことが起こるんですよ!
だから、本当に前田さんパワーなのか、一週間毎日会った場合と一週間絶対会わない場合でどのくらい違うのか検証してみたいんです」

この時は真剣だったけど、後から冷静に考えると、かなり変なお願いだったと思う。
でも、前田さんは「いいよ、面白そうだから」と笑って付き合ってくれた。

連絡先を交換し、会う日は待ち合わせ、会わない日はお互い通る予定の場所を前もって連絡することで会わないようにした。

結論からいうと、私の運に前田さんは全く関係なかった。
当たり前だけど、運がいい日はいいし、悪い日は悪い。
偶然かもしれない…そう思ってはいたものの、何となく結果にガッカリしていたある日、私は同僚にびっくりするようなことを言われた。

「ねえ、今日何かいいことあったの?」
「え?」

この日、前田さんとは既に会っていたけれど、まだ何もいいことは起こっていなかった。
だから私は「何もないよ?」と返事をしたけれど、同僚は私の返事なんておかまいなしで、にこにこ笑ってこう続ける。

「でも、何か最近楽しそうだよ、梨歩(りほ)。
そわそわしてるんだけど、嬉しそうにそわそわしてるっていうか。顔もにやけてるし」
「え、そう…?」

そんな変な表情してたの、私?
慌ててバッグから鏡を取り出し確認してみたけど、自分ではよくわからない。

「さては、彼氏でもできた?」
「えっ、ないない」
「えー、でも、よく逢い引きしてる人いるじゃん」
「違うって、それは…。
 …あれ?」

同僚に返事をしながら、私はふと、疑問に思った。
そういえば、実験は終わったのに、どうして私達は毎日待ち合わせをしてるんだろう。
私は一体、何を楽しみにしてるんだろう…?

それに、前田さんも前田さんで、どうしてずっと私に付き合ってくれるんだろう?
いつも笑って、「今日はどうだった?」って聞いてくれる彼の笑顔を思い出しながら、私は理由を考えようとした…。

…その瞬間、自分の中に芽生えていた感情を自覚した。

「……っ」

自覚したと同時に、「ああ、今日はもう彼に会いたくない」と初めて思った。

このまま早退してしまいたい。
こんな真っ赤な顔、恥ずかしくて見せられないから。


それから数年後。
今の私には、わからないことが二つある。

「どしたの、梨歩。会社行かないの?」
「いや、行くけど…」
「ほら、早くしないと遅刻するよ」
「…うん」

バタバタと着替えとメイクを済ませ、私は寛之と一緒に家を出て職場へ向かう。
車に乗り込むまでの少しの間、彼は私の手を握った。
繋がった彼の左手、それから私の左手薬指には、V字ラインがおしゃれで可愛い結婚指輪がついている。

…あれから、どうして、彼は拙い私の想いを受け入れてくれたんだろう?

直接聞いたことはあるし、理由も言ってくれた。
「俺も梨歩が好きだったから」だって。
でも、じゃあいつ?どっちが先に好きになったんだろう…?
その答えは、「俺もわかんない」と謎のままだ。

でも、それよりもっと、わからないことがある。

「じゃ、出発! 今日もいいことありますように!」

寛之が運転する車の助手席に座った私は、今日も何かいいことないかな、なんてぼんやり期待している。

ああ、何で未だに、ちょっとした幸運を願ってしまうんだろう?
波長が合う人とキラキラした毎日を過ごせる…これ以上の幸運なんて、きっとどこにもないっていうのに。

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