「初めて見たとき、衝撃を受けたんだ。
命が宿っているって、本気で思ったんだよ。生物について研究している人間として、本当はあり得ない発言なんだけどね」

初めて会ったとき、そう言って幸一郎さんは笑った。

小さい頃からの夢だった人形作家になって2年。
仕事自体は困ることなくできていたけれど、これからもプロとしてこの仕事を続けていくために、どうしても一度、本場でしっかり勉強したいと思った。
だから、それまで英語もまともに話せなかったのに、思い切って人形劇の本場であるチェコ・プラハに留学することを決意した。

チェコは日本とは全然違った。
言語も文化も常識も、人形に対する思いも。
だからこそこの場所で頑張ろうと思い、勉強しながら働くこと2年…ある日、私の人形が日本のある企業の社長の目に留まり、日本で個展を開けることになった。
チェコでの仕事が忙しくなったのもあり、結局私は直接会場を見に行くことができなかったけど、なかなか盛況だったらしい。
そのことは、わざわざ日本から私を訪ねに来てくれた人がいたことからもよくわかった。

偶然個展で見た私の人形に惚れ込み、作者にもぜひ会いたいと、わざわざ日本からチェコまで来てくれた人。
それが、幸一郎さんだった。

チェコに一週間ほど滞在した幸一郎さんは、毎日のように工房にやって来て、人形作りの見学をしたり、人形を作る際にどんなことを考えているのか、といったことを私に質問した。
あまりに深く追究するので、「取材に来られた記者さんみたいですね」と私が言うと、「取材というより研究かな、僕は研究者だから、つい」と彼は少し申し訳なさそうに言った。

大学で分子生物学を学んだ後、今は製薬会社で研究職として働いているのだという彼は、幼い頃から生き物の観察が好きで、何でもつい研究してしまう癖があるのだそうだ。
現在研究しているというDNAやゲノムについての話もいくつか聞いたけれど、私にはどれもよくわからなくて、それでも研究に対する情熱だけは伝わってきた。

そんな彼の情熱は、命が宿っているように見えたという、私の人形にも注がれていた。
私は、私の作った人形がここまで人の心を動かしたということが、純粋に嬉しかった。

そんな日々を重ね、彼が帰国してからも、メールや手紙でやり取りをするうちに…いつしか私の頭の中には彼が浮かぶようになり、私はその一番のファンのことを思いながら、作品を作るようになっていた。

それから1年後。
2回目の個展を開けることになり、今度こそ直接会場に立って来場者の方々を迎えたいと思った私は、日本に一時帰国することにした。
帰国すると決まったとき、幸一郎さんにそのことを伝えるために、初めて電話をかけた。
すると、彼は既に個展のことを知っていて、日本で私を待っていると言ってくれた。

帰国後、待ち合わせたクラフトビールのお店で、色々な国のビールを飲みながら話をした。
最近のこと、これまでのこと、出会ったときのこと。
すっかり話し込んでしまい、珍しくだいぶ酔っ払った頃に「どうか、受け取って欲しい」と彼が差し出してくれたのが、四角いダイヤモンドのついた指輪だった。

「『めぐり逢えた』という意味のある指輪なんだ。近々結婚する友人の指輪選びに付き合っていたら、これが目に入って…その瞬間、君に渡さなくてはいけない気がしたんだ」

思いがけないプレゼントが、私の目の前で輝く。
それは、私にとってとても嬉しい贈り物だったけれど…でも、受け取るわけにはいかないと思い、手に取るのをやめた。
こういうことは、ちゃんと順番を守りたいから。

「こういうものは、ちゃんとお付き合いをしてから、いただきたいです」
「…そうか、すまない。それじゃあ」

お付き合いをさせていただけませんか。
幸一郎さんはそう言って、情熱的な瞳で私を見つめた。

作品をきっかけに異国の地で惹かれ合って、今日ここでまためぐり逢えた。
そんな二度目の出会いが、私達の交際一日目となった。

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