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Ring Story

Clara ゆびわ言葉®: 二人のハーモニー

2018.05.06

広いリビングの中央にパソコンをセットし、音楽の再生ボタンをクリックする。
流れてくるのはピアノの音。
僕は立ち上がり、目を瞑って曲の前奏を楽しんだ後、大きく息を吸い、声を出す。

こうやって声を出すまで、僕は自分が歌を歌うのが好きだということすら知らなかった。
歌声も、容姿も、これまで褒められたことは一度もなかった。
地味で冴えない男だった僕をコーディネートしてくれて、歌という趣味をくれたのは…このピアノの演奏者であり、中学校で音楽を教える、僕の恋人。
僕は彼女に感謝しながら、今日も彼女のピアノに合わせて歌を歌う。


『ピアノは私の全てだったの』
以前、家でピアノを弾きながら、彼女…芽衣子(めいこ)はそう言った。

ピアニストになるのが夢だった芽衣子は、幼い頃から毎日、夜遅くまでピアノの練習をしていたそうだ。
先生からの指導は厳しく、練習中には数え切れないほどの悔し涙も流し…それでも夢を叶えるべく、歯をくいしばって15年、ピアノを習い続けたそうだ。

『…でも、そこまでしても、まだピアニストっていう夢は遠くて。私の実力では、どうしても叶えることができなかった』
芽衣子は俯いて、そう言葉を続けた。

『悔しかったけど、それでも目指して頑張り続けた日々は私の宝物だから。
だからこの特技を生かしつつ、音楽の素晴らしさを伝える仕事ができたらなって』

そんな思いから教師となった芽衣子のピアノは、力強くて、激しい。
その音を聴く度に、僕は…夢を挫折せざるを得なくなった彼女の悔しさや怒りが、どれほど大きく、辛いものだったのかを想像する。

『他の誰かに、自分の気持ちを押しつけたくないとは思ってるんだけど。
でも、努力をせずに適当に生きている人を見ると、やっぱり時々イライラしちゃう』

努力家で、自分が頑張っているからこそ、他人が許せなくてついキツい言い方をしてしまう。
2年前、33歳のときに僕と出会うまで、そんな事情から芽衣子は何人もの男性をキツい口調で責めては後悔していたそうだ。

『本当は、あなたみたいにいつも穏やかでいたいんだけどね』
当時交際していた男性は皆、芽衣子の厳しさに耐えられず、離れていったのだという。

でも、僕は離れない。離れたいとも思わないし、キツいとも思ったことがない。
何故なら、芽衣子のピアノの音は、力強くありながら、とても繊細で、優しいからだ。

ちゃんと演奏を聞いて歌えばよくわかる。
芽衣子が強い口調で話すのは、彼女がそれだけ真剣に、情熱と信念を持って生きているからだということが。

僕はそんな彼女が好きだ。
冴えない僕にはっきりと「今のままじゃもったいない」と言って、僕を変えてくれた彼女のことが、とても好きだ。


「ただいま」

歌の練習を終えると、ちょうど芽衣子が家に帰ってきた。

「おかえり、芽衣子」
「ただいま。…あれ、何それ」

リビングにやってきた彼女は、テーブルの上に置いてある小箱にさっそく気づき、それは何かと僕に尋ねる。

「僕の気持ち」

僕はそう答えながら、箱を開き、中身を彼女に見せる。
芽衣子と出会って二年。今日こそ彼女に恩返しをしようと思い、僕が用意していたものを。

「…これって」

彼女の前に差し出したのは、僕だけのピアニストである彼女にぴったりの、品があって、少し豪華な指輪。
『二人のハーモニー』というゆびわ言葉のある、Claraという美しい名前の指輪。

「結婚しよう。
これからもずっと、君のピアノの音で歌いたいから」

そう言って手を差し出すと、細く美しい左手がおそるおそる伸びてくる。
僕はその華奢な左手を、これから一生離さないようにしっかりと掴んだ。

Clara ゆびわ言葉 ®: 二人のハーモニー

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