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Ring Story

Statice ゆびわ言葉 ®︎: 変わらぬ心

2020.08.31

「ねえ、アキラくん。そろそろ指輪も考えないとだよね」

休日のある日、リビングで結婚情報誌を広げていたときに、薫(カオル)が突然に言い出した。
「イメージは固まったの?」
「それがね……なかなか難しいんだよね」

食後のコーヒーを飲みながら、カオルは食い入るようにスマホを見つめ、あれこれと調べ物をしている。
「これがいい」と納得するようなものはまだ見つかっていないようだ。
「デザイナーだからか、やっぱり凝り性なところがあるな」
「でも、早く決めないと間に合わなくなっちゃうし……」
結婚式の日取りを決めてから、逆算してスケジュールを立てると、それほど時間に余裕はなかった。


俺とカオルは同じ会社に勤めている。
カオルは一つ歳上だけど転職組だから、俺のほうが先輩だ。
付き合ってからそろそろ二年になる。

「大事なものだから、焦らずに選ぼうよ」
「うん……」
そう言っているけれど、焦りが伝わってくる。
なんでだろう?
結婚の準備って、もっとしあわせで楽しいものだと思っていたのに。
もっとゆっくり考えられると思っていたのに、勢いに流されているような気がする。

黙ってしまったカオルは、スマホを見つめる。
俺も、何も言えずに冷めかかったコーヒーをのぞき込む。
「あ!」
突然カオルが叫んだ。
「これ……!このデザイン!見て、お花みたいで素敵!『Statice』って名前なんだ」
花のようにダイヤを並べたデザイン。
結婚指輪にも目立つダイヤが付いている。
さっきまでの沈んだ空気が吹き飛ぶ。
「週末、このお店に行ってみようか」
カオルが「これがいい」と思ったら、たいていのことにはきちんとした理由がある。
直感に任せてみて、無駄足になることはほとんどない。
早速、ジュエリーショップに予約を入れた。


週末。
「指輪を選ぶために二人で出かけるのって初めてだね」
いつもより少しかしこまった装いのカオルはとても嬉しそうで、こちらまで笑顔になる。

お店に入ると、赤と白を基調にした空間が広がり、特別なところに来たという気持ちになる。
席に座り、「Statice」を見せてもらったカオルは、いろいろな角度から見ては小さくうなずいている。
期待していたとおりのデザインだったようだ。

「スターチスというのは花の名前で……こちらがそのお花です」
紫やピンク、白のスターチスの生けられた花瓶を前に、店員さんの説明が始まった。
「色がついている部分は、じつは花ではないのです。本当の花はこの、小さな白い部分です」
「えっ……そうなんですね!」
とても控えめな白い花を引き立てる鮮やかな色。
「スターチスの花言葉は『変わらぬ心』。花が落ちても、いつまでも色鮮やかな『がく』からイメージされたのだと思います。この指輪のゆびわ言葉も『変わらぬ心』なんですよ」
販売員の説明を聞いている最中、なぜか、ここで一瞬、カオルと目が合った。
すぐに目線を指輪に戻す。
「アキラくん、私、これがほしい」
ゆっくり、一言ずつ噛みしめるように言うカオルに、俺も大きくうなずいた。


「実は私、結婚が決まったのが友達の中でも最後のほうなんです。みんなから情報をもらえて助かる反面、同じものが選べなくて逆にプレッシャーで。だから、私だけの指輪が作れたらいいな、って思ったんです」
そうだったんだ。
誰かの指輪と似ている、とか言っていたのを思い出す。
友達とは違う、自分だけのものが欲しいから、必死に探していたんだ。
あまり自分の本心を人に話すタイプではないカオルから、こんな本音が出ることが意外だった。指輪が決まって、本当に安心したんだな。
こちらまでホッとしてしまう。

安堵している間に、具体的な話になっていた。
ここは本職のカオルに任せよう。
「指輪の素材はプラチナで。表面仕上げはピカピカしているのがいいです。ダイヤの色は、ピンクにしたいです」
「ピンクのスターチスの花言葉は『永久不変』なんです。『変わらぬ心』と『永久不変』。より強い意味合いになっていいと思います」
カオルの表情がぱあっと明るくなる。
「それ! とってもいいですね! もう絶対ピンクダイヤにします!」
私、すごい! と小さくガッツポーズをするカオル。
この表情を初めて見たのはいつだった……?
カオルを見つめ、思いを巡らせる。

ああ、あのときだ。
「どうしたの?」

あの瞬間を思い出して、思わず笑ってしまった俺を、
不思議そうにカオルが見つめる。
「初めて会ったときから、カオルは仕切り屋で、プロジェクトをどんどん形にしていったな、って。あの時のこと、思い出した」
「それは……中途入社だから、ちゃんと自分の仕事をアピールしなきゃと思って……。もしかして私、目立ってた? 恥ずかしい……」
「でも、そのおかげでカオルに出会えた。あの時があったから、今ここにいるんだ。結婚するって決めてからずっと忙しくて。考えなきゃいけないことや準備に追われて、見えなくなってた。初めてカオルに会ったときの気持ち、思い出せた」
「待って……いきなり……どうしよ……」
真っ赤になってうつむいてしまったカオル。
告白したときもこんな感じだった。
そうだ、カオルのこんなところに惹かれたんだ。
思い出せてよかった。
「カオルと結婚することにして、本当によかったと思ってるよ」
カオルの手を握ると、握り返してくれた。
今日、ここに来てよかった。


「いいものを選べてよかったです。出来上がりがとても楽しみです」
「ありがとうございました」
カオルと手をつないで歩きだす。
いつもと同じだけれど、つなぐことの意味合いが変わったような気がした。

「ゆびわ言葉は、『幸せのおまじない』なんですよ」
さっき言われた言葉を思い出す。
「永久不変」と「変わらぬ心」。
あまりそういうことを信じる柄じゃないけど、「おまじない」も、たまには悪くないな。
カオルを見つめ、そう思った。



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